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- 現代語訳
「6
亭主 アト
となたて御座れまする。是に御座るは。何んと申
亭主
人で御座りまする。あれは。六角殿の道坊に。あく
坊とのと申て。大すいきやう人で御座る。あの人に当て
怪我をせぬ人は御座らぬ。こなたは怪我は被成
アト
ませいぬか。いや〳〵けがはいたさぬ先こう参る。
亭主
一飯の被申付また。参て御座れ。
アト
いかな〳〵一飯も二飯も。いらぬすては御座らぬ。
亭主
〔欠〕被下た升様せい。夫ならは早よ御帰れやれ。
〔欠〕のうおそろしや〳〵。屋最前より身共
を是々なすを云之なふつた。身共もが残様かある。
やい悪坊。最前より身共をしたゝかなふつた。なふつたが
よいかそれかよいか。おけて見よ此長刀にのせて
こりうそ。いや〳〵ていらぬも云て。めを覚して
いなるまい。急て立のかう。のう〳〵おをろしや〳〵。
シテ
◦むゝたれもないか。茶くれ、茶ても湯てもこれいやい、
ふう是はいかな事、是はいつもの茶屋しや、
「6
(亭主)
「どなたでございますか?」
(アト)
「ここにいるのは誰でしょうか? 何という方でございますか?」
(亭主)
「あの方は六角殿の道坊(どうぼう)に、悪坊(あくぼう)と呼ばれる、とても荒っぽい人でございます。あの人に関わって怪我をしなかった者はおりません。あなたは怪我などされていませんか?」
(アト)
「いやいや、怪我をする前にさっさと帰ります。」
(亭主)
「一飯ぐらい召し上がってからお帰りなさい。」
(アト)
「とんでもない、一飯も二飯もいりません。そんなことしていたら大変です。」
(亭主)
「それなら早くお帰りなさい。」
(アト)
「ああ、怖い怖い……。この家は、最初から私をからかってばかりだ。私はそんなにお人よしではないぞ!」
(アト)
「おい、悪坊! さっきから私をひどくからかっていたな。お前、それでいいのか? それがよいのか? ここに来てみろ、この長刀で切ってやるぞ!」
(アト)
「いやいや、そんなことは言わなくてもよい。目を覚ましていられなくなるだろう。急いで立ち去るのがよい!」
(アト)
「ああ、怖い怖い……。」
(シテ)
「おい、誰かいないか? 茶をくれ。茶でも湯でも何でもよい。」
(シテ)
「ふう、これはどうしたことか。ここはいつもの茶屋ではないか。」
