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「21
勤苦を知しむ後に仲郢も亦尚書となる是能子孫を
教訓するの者善報あり
(台)王瑶と云人二子を養て全不教訓法度を知しめす
遊蕩を縦にして愛する事掌中之如珠後に
家財を争て其(文を見せ消ち)父を打罵近隣之者告訴し
けれは如法律其子を死刑に行(わりを見せ消ち)わる王瑶遂に孤独
成て数十年にして死す清明之前夜城隍之廟内
にて廟祝之者聞ニ階下に一人哭声する者あり
往て窺之訴状を執て(ルビ:キエオ)清明之祭礼を訴求も城隍怒
罵て曰你有子とも生前に不教して不孝不弟
ならしむ是你か自家嗣を絶誰か你に祭礼を與ん
廟説次の朝これを訪に是王瑶成ことを知り此は
是子孫と不教訓者有悪報彼王法十分恐へし
天報又十分迅速なり此を聴人自今以後敢て
子孫を不教訓之心を萌せんや
附録妻に七出三不去有理犯姦者不在此限

「21
苦労を知るようにさせた。このような厳格な教育のもとで育った仲郢(ちゅうえい)もまた、後に尚書の地位に就くことができた。これは、子孫をしっかり教育したことによる良い報いであった。
一方、王瑶(おう よう)という人は、二人の息子を育てたが、全く教育を施さず、彼らにしつけや法の大切さを教えることもしなかった。息子たちは放蕩を極め、父親は彼らをまるで手のひらの宝石のように甘やかしていた。その結果、息子たちは成長すると家財を巡って争い、ついには父を殴ったり罵ったりするようになった。
これを見かねた近隣の人々が訴え出たため、法に従い、王瑶の息子たちは死刑に処された。王瑶は独り身となり、数十年後に孤独のうちに亡くなった。
彼の死後、清明節の前夜、城隍廟(じょうこうびょう:土地の神を祀る廟)の宮司が、廟の階段の下からすすり泣く声を聞いた。不審に思い、近づいてみると、一人の男が訴状を手にして「清明の祭祀を受けたい」と訴えていた。
しかし、城隍神は怒り、彼を罵った。
「お前には息子がいたではないか。しかし、生きている間に彼らを教育せず、不孝で無礼な人間にしたのはお前自身だ。だから家系が絶えたのだ。そんなお前に、誰が祭礼を捧げるものか!」
翌朝、人々が調べると、訴えたのは王瑶の霊であることがわかった。これを知った者たちは、「子孫を教育しない者には悪い報いがある。法律の裁きも恐ろしいが、天罰はさらに迅速である」と語り合った。
この話を聞いた人々は、それ以降、決して子孫の教育を怠らないよう心に誓った。
附録妻に七出三不去有理犯姦者不在此限
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