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「19
ヶ間敷家内上下之人と不睦して終に喪身
作者候者有之候為父母者己か女児之不是を責
成事を不知㝡初教を失之過も自不反して
一偏ニ公婆を咎目婚を罵は甚しき愚昧之至候
子孫を愛惜する者如斯なるへからす又仕家官之
子孫ニは驕暴奢淫(ルビ:サエん)なる者多く謙卑遜順なる者は
少候彼に書を読て理を明にすると教候は是第一
之要緊之事候孟子曰身不行道不能行于
妻子為父祖者先此好㭶様と做事を可教御是子孫
教訓するの根本ニ而候子孫を不教訓者科軽重
数ヶ条公義御定有之候縦令王法之罪者
逃得候共決而天報は不逃得候因て古人之事
跡左記
(台)孟夫子字は子輿世々鄒に居給ふ父激公宣仇氏を
娶て孟子を生三歳にして父を喪孟母有賢
徳其子と同く墓の側に居給ふ孟子人之葬埋するの

「19
家族と不和になり、ついには身を滅ぼす者もいる。
親として娘の過ちを正しく指摘し、しつけをすることを知らず、初めの教育を怠るのは大きな過ちである。それにもかかわらず、自分の落ち度を省みることもなく、一方的に義理の両親(舅・姑)を責め、結婚相手を悪く言うのは、極めて愚かなことである。
子孫を本当に大切に思う者は、このようなことを決してしてはならない。また、武家や官職にある家の子孫には、傲慢で横暴になり、贅沢にふける者が多く、謙虚で慎み深い者は少ない。そうした子孫には、書を読ませ、道理を理解させることこそが、最も大切な教育である。
孟子は「自ら道を行わなければ、妻や子を正しく導くことはできない」と述べている。したがって、親がまず自ら手本となるような行動をし、子どもに教え導くことが、子孫を教育する基本である。
もし子孫をきちんと教育しないならば、その罪の軽重については、公的な法によって裁かれることになる。たとえ王法の裁きを逃れることができたとしても、天の報いは決して逃れることはできない。
このため、古人の事跡(過去の教訓)を以下に記す。
孟子(孟夫子)は、字を子輿といい、代々鄒(すう)の地に住んでいた。父は激公といい、宣仇氏を妻に迎え、孟子が生まれた。しかし、孟子が三歳のときに父が亡くなり、母である孟母は賢徳のある人であった。
孟母は幼い孟子と共に墓地の近くに住んでいた。すると、孟子は人々が葬儀をする様子を見て、
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