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「10
人必善類あり
(台)沈富(氏を見せ消ち)民と云は性最強横なり父子兇暴にして専
争闘を好み口を開は人を罵り手を動は人を打
毎歳元宵に神を迎て出て祭る是儺といふの
故事(なるを見せ消ち)なり郷人神を迎て其田の畔の上より過ハ
彼父子便棍を以て追打にする衆人其兇悪を畏て
敢て回手せす天旱に(遺を見せ消ち)過は沈家之父子出て人之
水を車にして我か田に入衆人敢て不阻郷人水を
車にして彼田を過は其車を奪て水を取都人
其兇悪を畏て又敢て不云一郷之人彼を不恐は
なし一日忽雷火大に作沈家之父子雷火に
焼(遣を見せ消ち)尽されて死す此者是郷里に不和睦者有
悪報彼王法十分恐へし天報又十分迅速なり
此を聴人自分以後敢て不和睦の心を萌へけんや
教訓子孫(墨筆により四字を丸で囲む)
(台)聖諭第四條に子孫を教訓可仕旨被仰渡候凡人家(墨筆により本行丸で囲む)

「10
必ず善き報いがあるのである。
「沈富民(ちんふみん)」という人物がいた。彼は性格が非常に乱暴で、父子ともに凶暴であった。いつも争いを好み、口を開けば人を罵り、手を動かせば人を殴るような者だった。
毎年、元宵節(旧暦の1月15日)には、神を迎えて祭る儀式があった。これは「儺(だ)」と呼ばれる古い習慣である。村人たちが神を迎え、沈家の田の畦道を通ると、沈家の父子はすぐに棍棒を持ち出し、村人を追い払い、殴りつけた。村人たちは、その凶暴さを恐れて、誰一人として抵抗することができなかった。
また、干ばつの年には、沈家の父子が人々の水を勝手に汲み取り、自分の田へ流し込んだ。
しかし、誰も恐れて阻止できなかった。逆に、村人が水を汲み、沈家の田の近くを通ろうものなら、沈家の父子はその水桶を奪い取り、水を横取りした。村人たちは皆、その悪行を恐れ、何も言えなかった。
一郷(村)の人々の中で、沈家の父子を恐れない者は誰一人としていなかった。
ところがある日、突然、大雷が鳴り響き、沈家には雷火(落雷による火事)が発生した。
沈家の父子は、その雷火によって焼き尽くされ、命を落とした。
これは、郷里の人々と仲良くしなかった者が受けた「悪い報い」である。
王の法律を恐れるべきことは言うまでもないが、天の報いは、それよりもはるかに早く、そして確実に下るのだ。この話を聞いた者は、これから先、決して「和睦(仲良くすること)」を軽んじるような心を持たないようにするべきである。
「子孫を正しく教育すること」
「聖諭」第四条には、「子孫を正しく教育すること」が大切であると示されている。
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