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「2
如置父に(如を見せ消ち)同す官と成ても路にて叔父に逢は必心より下て
叔父之行過を待て馬に上る叔父帰家遅けれは
束帯して馬前に迎其兄死て周年服終て猶蔬食粥(ルビ:エカレヰ)を食す家人これを諫云するに
流食強と食を家人もを強なもたに
答曰深(ルビ:チ中)痛心にあり自已こと不能とて遂に食を
廃し悲欲して不堪其倫に敦(ルビ:エサキク)く族に睦敷事
如此其後官京(ルビ:カルキ)兆尹に至る此は是能長上を尊敬
する故に必有善報
(台)祝期生と云は人と成軽薄狂妄大言して不恥尊長之
前にて譃浪して無憚事客人参会にて手之舞
足?とを癖に成て只管人之閏閫を談し人之
内証事をいふて人之品行を壊り或は人之體貌
不全を見ては譏笑人之衣裳不宜を見ては鄙薄す
凡父兄之班輩をも不敬自高大なり晩年に期生
忽然として舌上に一瘡生し腫痛忍かたく飲食
咽に不下是より舌頭枯爛して死す此は是長上を

「2
彼は、目上の人や郷里の親戚に会うと、必ず恭しく礼を尽くした。特に叔父に対しては、まるで父親のように敬った。官職に就いてからも、道で叔父に出会うと必ず馬を降り、叔父が通り過ぎるのを待ってから再び馬に乗った。
また、叔父が帰宅するのが遅くなったときには、正装をして馬の前で迎えた。彼の兄が亡くなった後、喪に服する一年が過ぎても、なお粗末な食事(野菜や粥)を続けていた。家の者がそれを諫め、「もう普通の食事を取ってもよいのではないか」と勧めたが、柳仲郢は涙を流しながらこう答えた。
「私は深く悲しみ、心から痛んでいる。自分ではまだ普通の食事をとる気持ちになれない。」
こうして彼は食を断ち、悲しみに耐えられないほどであった。彼は親族との関係を大切にし、家族との絆を深めることを常に心掛けた。
「祝期生」という人物は、軽薄で愚かしく、分別のない性格であった。
彼は尊敬すべき目上の人の前でも、平気で嘘をつき、はばかることなく放言した。また、客人が集まる場では、手足をばたつかせて騒ぎ立てることを癖とし、他人の家庭の事情を勝手に話し、内輪の秘密を暴露し、人の品行を傷つけるような言動を繰り返した。
さらに、身体に障がいを持つ人を見れば嘲笑し、人の服装が気に入らなければ見下して軽蔑した。彼は父や兄のような目上の人々にも敬意を払わず、自分を過大に評価し、尊大に振る舞っていた。
しかし、晩年になって突然、舌にできものが生じ、激しい腫れと痛みに苦しみ、飲食をすることもできなくなった。そして、そのまま舌が腐り果て、死んでしまった。
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