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「1
人己か名分を壊候て己ならす人に被謗候を不知者候
件之次第段〃說來候得者長上は一端に不(正を見せ消ち)止事候然者
自己之兄長を㝡初之勤に云事是何之縁故そ
語(日を見せ消ち)曰孝第は為仁之本又(日を見せ消ち)施由親始先長上と我とは
是天倫之手足譬は如根本其地之長上者是
触類相通候譬者加枝葉根本堅固なれは枝葉
自然に致茂盛候故に聖人宣給ふ其所厚者薄而
其所薄者厚者未有之也世上之人を見るに自己之
兄第之間者情誼背離して還而他人と交厚する者
有之候是友之契約を雖結と其実は徳行有巧虧事
凡有此弊者は急に可省改候長上を不為尊敬者
科之軽重数ヶ條公義御定有之候縦令王法之
罪者逃得候共決而天報者不逃得候因て古人之
事跡左記
(台)柳(ルビ:レレウ)仲郢と云は人と成り謙虚恭敬なり凡尊長及ひ
郷黨之親戚を見ては必恭敬す其叔父に対するに

「1
人が自分の立場や道理を壊し、自分ではなく他人に非難されることを知らない者がいる。
このような状況について詳しく説明すると、目上の人への敬意は一部分だけではなく、広く行き渡るべきものである。それなのに、なぜ最初に仕えるべき相手として、自分の兄や年長者を挙げるのだろうか。その理由は何だろうか。
ことわざに「孝行と弟としての道は、仁の根本である」とある。また、「恩恵は親から始まり、まず長上を敬うことが大切である」とも言われている。長上と自分の関係は、天が定めた親子・兄弟のように切り離せないものである。これは、木の根と枝葉の関係に例えることができます。根がしっかりしていれば、自然と枝葉も茂ります。同様に、目上の人を敬えば、人間関係もうまくいくのである。
そのため、聖人はこう説いている。「本来、厚くすべきものを薄くし、薄くすべきものを厚くすることはありえない」と。世の中の人を見ると、自分の兄弟との関係を疎かにし、逆に他人とは親しく付き合う者がいる。これは、たとえ友人との間に契約を結んでも、実際には徳のある行いを欠いていることになる。
このような誤った態度があるならば、すぐに改めるべきである。長上を敬わないことは、法律でも罪とされる場合がある。たとえ王の法律の裁きを逃れたとしても、天罰からは決して逃れることはできない。そのため、昔の人の行いを記しておく。
「柳仲郢」という人物は、謙虚で礼儀正しく、敬意をもって人に接する人であった。
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