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附、御供物之儀、例之通御願料之内ゟ備上候事、
同八日丙辰、晴天、風巳午之間
一さひ去之為、つかさ弐人、二才頭壱人、老二才三人、村頭壱人、合七人完生持飯米一夜
二日相籠り、役人・筆者・加勢始、村中之面々召列、各構之嶽々江祈願相勤候事、
附、
一御供物之儀、摺御五水弐合瓶一対完、御花米三合完備上申候、
同九日丁巳、晴天、風午未之間
一前条幸地船之儀、「多良間首里大屋子・塩川村耕作仮筆者池村仁屋乗合」四ツ後時分出
帆、八ツ時分寅之方江走参候事、
覚
付けたり、御供物については通例通り(公的な)御願費用から支出して供えた。
六月八日丙辰、晴天、風は巳午の方(南よりの南南東)。
一、さび去りのため、つかさ二名、二才頭一名、老二才三名、村頭一名の計七名ずつは、生ま持ち飯米で一夜と二日お籠もりをし、役人・筆者・加勢を始め、村中の者たちを引き連れて、それぞれの帰属する御嶽で祈願を行った。
付けたり、
一、御供物については、摺り御五水を二合瓶に一対ずつ、御花米を三合ずつ供えた。
六月九日丁巳、晴天、風は午未の間(南よりの南南東)。
一、前条の幸地船は、多良間首里大屋子と塩川村耕作仮筆者池村仁屋が乗り合わせて、四つ後時分(御前十一時頃)に出港し、八つ時分(午後三時頃)には寅の方(東北東)へ向けて帆走していった。
覚
