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前ノ沖ゟ八重山嶋之様走通候事、
同廿九日戊申、晴天、風午未之間
六月朔日己酉、晴天、風午未之間
同二日庚戌、晴天、風午未之間
同三日辛亥、晴天、風午未之間
一粟之大祭として役人・筆者・加勢、村中之面々召列、各構之嶽々江御願相働候事、
附、御供物之儀、御願料之内ゟ備上候事、
同四壬子、晴天、風午未之間
一御米漕我那覇船之儀、五ツ時分出帆、八ツ後時分寅卯之間江走参候事、
同五日癸丑、晴天、風午未之間
前の沖合い通過して八重山島の方面へ航行していった。
五月二九日戊申、晴天、風は午未の間(南よりの南南東)。
六月朔日己酉、晴天、風は午未の間(南よりの南南東)。
六月二日庚戌、晴天、風は午未の間(南よりの南南東)。
六月三日辛亥、晴天、風は午未の間(南よりの南南東)。
一、粟の大祭として、役人・筆者・加勢らが、村の者たちをすべて引き連れて、それぞれ
が属する御嶽へ赴いて御願(祈願)をした。
付けたり、御供物は、御願料之内ゟ備上候事、
六月四日壬子、晴天、風は午未の間(南よりの南南東)。
一、御米漕ぎ(年貢米運送の)我那覇船は、五つ時分(御前八時頃)に出港し、八つ後時
分(午後四時頃)には寅卯の間(東よりの東北東)へ帆走していった。
六月五日癸丑、晴天、風は午未の間(南よりの南南東)。
