41ページ目

ページ数:041(全138ページ中)
  • 翻 刻
  • 現代語訳

「41
                        <仲筋村耕作筆者>
  <未>四月                     桃原仁屋
一前条馬艦船之儀、未明ニ如八重山嶋出帆九ツ時分、酉之方江走参候事、
   同廿四日甲戌、曇天、風寅之方雨ふり
   同廿五日乙亥、晴天、風卯辰之間
   同廿六日丙子、晴天、風午之方、夜ノ九ツ時分子丑之間ニ成候事
   同廿七日丁丑、晴天、風丑之方
   同廿八日戊寅、晴天、風寅之方
   同廿九日己卯、晴天、風寅之方
     口上覚
粟弐斗五升起、
 右、乍恐申上候、私事当年代合ニ付、先年通三月「中ニ者」帰帆可被相成与故実飯米之
 儀、其賦を以

                        <仲筋村耕作筆者>
  <未>四月                     桃原仁屋
一、前条の馬艦船は、未明に八重山島へ向けて出港し、九つ時分(お昼十二時頃)には酉の方(西)へ帆走していった。
   四月二十四日甲戌、曇天、風は寅の方(東北東)で雨が降る。
   四月二十五日乙亥、晴天、風は卯辰の間(東南東)。
   四月二十六日丙子、晴天、風は午の方(南)、夜の九つ時分(十二時頃)に子丑の
    間(北よりの北北東)になった。
   四月二十七日丁丑、晴天、風は丑の方(北北東)。
   四月二十八日戊寅、晴天、風は寅の方(東北東)。
   同廿九日己卯、晴天、風は寅の方(東北東)。
     口上覚
粟二斗五升起し、
 右について、恐れながら申し上げる。私は、今年役目を交代するため、先年通り三月中には帰任する予定で、故実飯米(出張経費)に
ついては、その計画で立てていた。
横にスクロールをして閲覧してください