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「31
     
  同九日己未、晴天、風午未之間
  同十日庚申、晴天、風午未之間、入相時分ゟ子之方に成、小雨ふり、
  同十一日辛酉、曇天、風子丑之間、雨ふり、
  同十二日壬成、晴天、風卯辰之間
一塩川村定加勢平良玄典乗押舟之儀、五ツ時分出帆、九ツ時分如八重山島走参候事、
「一幸地ノ船壱艘、七ツ時分当津へ下着之事」(朱)
  同十三日癸亥、晴天、風午未之間
   覚
                       <仲筋村耕作仮筆者>
                             下地朝奉
 右、御用布為宰領、地舟ゟ宮古嶋へ渡海申渡候、以上、
                      <仲筋村目差>
 <未>四月                   佐渡山恵伝
      <水納村目差>          <塩川村与人>
         砂川玄良            豊見山玄辰

  四月九日己未、晴天、風は午未の間(南よりの南南西)
  四月十日庚申、晴天、風は午未之間(南よりの南南西)で日暮れ時分から子の方(北風)となり、小雨となる。
  四月十一日辛酉、曇天、風は子丑の間(北よりの北北東)で、雨降る。
  四月十二日壬成、晴天、風は卯辰の間(やや東よりの東南東)。
一、塩川村定加勢平良玄典が乗った押し舟について、五つ時分(御前八時頃)出港し、九つ時分(正午頃)には八重山島へ向けて帆走していった。
一、幸地船船一艘が、七つ時分(午後四時頃)に当島の港に入港した。
  四月十三日癸亥、晴天、風は午未の間(南よりの南南西)
   覚
                       <仲筋村耕作仮筆者>
                             下地朝奉
 右の者を御用布の運送責任者として、地舟で宮古島への渡航を指示した。以上。
                      <仲筋村目差>
 <未>四月                   佐渡山恵伝
                      <水納村目差>
                        砂川玄良
                      <塩川村与人>
                        豊見山玄辰
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